イラク側の対応はどうだったか

イラク側の対応はどうだったか

イラク側の対応

イラクはトルコに次いでクルド人が多く居住していて、北部をクルディスタン地域としている。

サダム・フセイン大統領によって、少数民族クルド人は長らく迫害を受けてきた。特に、イラン・イラク戦争では、敵国に荷担したという疑いから、クルド人に対して化学兵器による大量虐殺が起こり、国際的な非難を浴びる事になった。

一方で、一部のクルド独立闘争を行っていた部族は政権に協力した。

2003年のイラク戦争によってフセイン政権が崩壊すると、米軍駐留を歓迎していたクルド人は独立政府設立をアメリカに訴えているが、トルコとの関係を考慮した事によって実現される事は無かった。

2005年のイラク移行政府では、クルド愛国同盟を率いたジャラール・タラバーニを大統領に選出して、副大統領にはシーア派などから選出したことで国内の民族バランスが図られる事になった。
しかし、クルドは政権内でも少数派であることには変わりない。
クルド人初のイラク大統領として、クルドの運命をどの様に導くのかが今後も注目される所である。

イラク国内のクルド人は宗教に反する行為を行った家族を激しく逆たいしており、殺害にまで至って居ると国連が懸念の声をあげている。
ムスリムの男性を掛け落ちする為に、イスラム教に改宗した少女に対し、家族によって虐殺されたと言う映像が公開され、世界的に問題になった。

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